山を登らないと見れない?岐阜城

中濃

岐阜城は、岐阜市の金華山にある山城です。付近の道路を車で走っていると、金華山の頂上にあるということで自然と目に入ってきます。日本歴史上で有名な人物である、織田信長が元々の城を造営し、居住しました。日本100名城の1つであり、国の史跡として指定されています。

岐阜城は山を登らないと見れない

金華山の山頂(329メートル)にあるため、行くためには山を登らなくてはなりません。山頂まで行くコースは、岐阜城の東西南北にあります。実はロープウェイがあるよ、、、

南側斜面 七曲口

約1900メートルで徒歩で約1時間を要するルートです。この道は、織田信長も通ったルートと言われており、砦の跡が多く見られ、大堀切や、岩場を削った跡や道の端に積み石も残っているため、当時の登山道の雰囲気を味わうことができます。                                      

西側斜面 百曲口

約1100メートル、約40分を要するルートです。豊臣秀吉もこのルートを通ったとされています。また、馬の背口と呼ばれるルートもあり、百曲口とほぼ同距離、同時間を要するルートです。この馬の背口は、東西南北の中で、最短ルートとされており、岩場を頂上に向かって直登し、途中四つん這いになって登らなくてはならないところがあります。

北側斜面 水の手口

約2300メートル、約1時間10分を要するルートがあります。また鼻高登山道と呼ばれ、約1500メートル、約40分を要するルートもあります。

東側斜面 東坂登山道

約1100メートル、約45分を要するルートがあります。東西南北どのルートも、スニーカーで行くことが望ましく、お年寄りや小さなお子様は歩くのが難しいかもしれません。

ロープウェイ

体力に自信がない方や、お年寄りやお子様と一緒の方は、ロープウェーで行く方法があります。ロープウェーでは岐阜公園内にある山麓駅から約5分程度で岐阜城付近の山頂駅に到着します。金華山の山の斜面を眼下に眺めながらすいすいと登ることができます。この金華山ロープウェーは、電車のように運行されており、毎時15分間隔で発車しています。営業時間は午前9時から午後6時までです。(10月から3月は午後5時まで)ロープウェーの料金は、往復で大人(12歳以上)1100円、小人(4歳から11歳)550円です。片道はそれぞれ630円、300円です。  

 山頂駅からは、少し坂道が続きますが、徒歩10分程度で岐阜城の入り口に到着します。

 岐阜城への入場料(岐阜城資料館と共通)は、大人200円(16歳以上)、小人(4歳以上16歳未満)100円が必要となります。

 

岐阜城のおすすめポイント

  • 1つ目山頂から見える景観

地上329メートルの金華山の上に、4階建ての約28メートルの岐阜城であるため、天守閣は地上約350メートルの高さとなります。より高い場所で見る景色は絶景で息を飲むほど美しいです。歴代の城主もこの景色を楽しんだんだろうと感慨深い気持ちになります。

 天守閣からは、雄大な長良川の流れや岐阜の城下町が見えます。また、360°さえぎるものが無いため、岐阜県各地は勿論のこと、天気の良い日には遠く滋賀県の伊吹山、三重県の鈴鹿山脈、愛知県の街並み、長野県の御嶽山、石川県の白山まで見渡せてしまいます。天守閣からの眺めは、天下を討ち取った天上人になったような気分を味わうことができます。

 また、期間限定(ゴールデンウィークや夏休み、秋の行楽シーズンやクリスマスなど)となりますが、岐阜城からの夜景も素晴らしいです。その美しさは広く知られており、函館や神戸にも負けないほどと言われています。遮るものなく、大パノラマで、岐阜市の繁華街や名古屋市の高層ビルなどの輝きを見ることができ、オーロラのように美しい景観を楽しむことができます。

日中、夜間、どの時間帯でも、美しい景色を楽しむことができます。

  • 2つ目は、岐阜城そして織田信長に関わる歴史を学べます。

 岐阜城は歴史深い城であり、鎌倉時代の1201年に二階堂行政が砦を築いたのが始まりとされています。その後、斎藤道三が山頂に城作りを始め、岐阜城の元となりました。そして、1567年に当時33歳だった織田信長が岐阜城の城主となりました。以後、滋賀県の安土城に移るまでの約8年間、ここ岐阜を拠点にして天下統一を目指したのです。信長の死後は、豊臣家氏家臣が城主となり、岐阜城を管理しました。

 日本歴史上で異端児、冷酷者、うつけ、斬新な発想・改革をしたなどと有名な織田信長ですが、岐阜城を居城としたことでそれまで「井ノ口」と呼ばれていたのを「岐阜」と名付けました。また城下町を発展させました。

 岐阜城は、急峻な山容の金華山からして難攻不落の名城として知られています。しかし、織田信長が城主となってからは、戦いの為の城でなく、基本的に城主の居住空間であり、見せる城であったといわれています。信長は、山頂部分に居住していたため、場内には、公家や商人をもてなすための絢爛豪華な空間があったとされています。

 岐阜城は、単に戦いのためだけの城ではなく、信長自身も居住していたというのが、親近感が持て、より興味を持って見学することができるのではないかと思います。

 また、岐阜城のすぐ東に岐阜城資料館があります。                           

 かつてこの場所には米や塩、味噌を蓄えておく蔵などが建っていたと考えられています。昭和50年4月に、この食料庫は、隅櫓城郭造り風に、総額6000万円かけて復元されました。内部には岐阜城関係の資料等、古文書、武具、刀剣などが展示されています。

 岐阜城に関わる様々な資料が残っている資料館を見学することでさらに岐阜城について学び、知ることができます。

 岐阜城では、普段の生活では見ることができないような山頂からの素晴らしい景観と岐阜城に関わりのある歴史を学ぶことができます。特に、戦国時代や織田信長が好きな人にもお勧めです。是非1度岐阜城を訪れてみてください。