岐阜県大垣市にある「大垣フォーラムホテル」をご存じでしょうか。世界的な建築家・黒川紀章氏が設計し、「水都」大垣の魅力を体現するこのホテルは、西濃地区を代表するシティーホテルとして知られています。なぜ大垣に国際的な建築家が手がけたホテルがあるのか、なぜ館内に滝や小川が流れているのか、そして大垣が「水の都」と呼ばれる理由とは何か。この記事では、大垣フォーラムホテルにまつわるさまざまな「なぜ?」を徹底的に解説します。
📝 この記事でわかること
- 大垣フォーラムホテルの歴史と黒川紀章の設計思想
- 館内に流れる滝や小川など「水都」を体現した演出の理由
- 大垣市が「水の都」と呼ばれる地理的・歴史的背景
- ホテルの施設と大垣観光の拠点としての魅力
大垣フォーラムホテルとは?西濃地区を代表するシティーホテル
大垣フォーラムホテルの基本情報と概要
大垣フォーラムホテルは、岐阜県大垣市万石2丁目31番地に位置するシティーホテルです。1987年(昭和62年)に開業し、西濃地区(岐阜県西部)を代表する本格的な国際観光ホテルとして、ビジネス客や観光客に長年親しまれてきました。設計を手がけたのは、日本を代表する建築家黒川紀章(くろかわきしょう)氏であり、建築ファンの間でも注目される施設です。大・中・小合わせて17の宴会場を備え、同時通訳装置を完備した国際会議場としての機能も持っています。無料の平面駐車場は350台収容可能であり、車での利用にも便利です。大垣駅からのアクセスも良好で、ビジネスの拠点としても観光の宿泊先としても使い勝手の良いホテルです。
建築家・黒川紀章が設計した意味
大垣フォーラムホテルの設計を手がけた黒川紀章は、1934年に愛知県名古屋市に生まれた建築家です。「メタボリズム」(新陳代謝)という建築運動の旗手として世界的に知られ、国立新美術館(東京)、クアラルンプール国際空港(マレーシア)、中銀カプセルタワービル(東京)など、国内外で数多くの建築作品を残しました。黒川紀章が大垣フォーラムホテルの設計を担当したことは、このホテルが単なる宿泊施設ではなく、建築作品としての価値を持つことを意味しています。大垣の地域性、特に「水都」としてのアイデンティティを建築に反映させたデザインは、黒川紀章ならではの視点が光っています。
「水都」を体現する館内の演出
大垣フォーラムホテルの最大の特徴のひとつが、館内各所に配された水の演出です。玄関前には小川が流れ、ロビーに入ると滝が来訪者を出迎えます。さらに、敷地内には大垣ならではの自噴水(ポンプを使わず自然に地下水が湧き出る井戸)まで設けられています。これらの水の演出は、大垣が「水の都」であることを建築空間の中で表現したものです。黒川紀章は、建築と自然環境の融合を重要なテーマとしていた建築家であり、大垣の豊かな地下水という自然の恵みをホテルのデザインに取り込むことで、その土地でしか成立しない建築を実現しました。水の音が響くロビーは、訪れる人に涼やかな癒しの空間を提供しています。
国際会議場としての機能と設備
大垣フォーラムホテルは、宿泊施設であると同時に、国際会議場としての高い機能を備えています。大小合わせて17の宴会場・会議室があり、数十人規模の会議から数百人規模の大規模なイベントまで対応可能です。同時通訳装置が完備されており、国際的な学会やビジネスカンファレンスの会場としても利用されてきました。こうした設備が整っている背景には、大垣市が古くから産業都市として発展してきた歴史があります。電子機器やソフトウェア産業を中心とした企業が多く立地する大垣市では、ビジネス関連のイベント需要が高く、それに応える施設としてフォーラムホテルが重要な役割を果たしてきたのです。「フォーラム」の名前も、「議論の場・集会の場」を意味するラテン語に由来しています。
充実した飲食施設とレジャー設備
大垣フォーラムホテルには、和食・洋食・中華の各レストランが併設されており、宿泊客はもちろん地元の方にも食事の場として利用されています。それぞれのレストランでは、地元の食材を取り入れたメニューが提供されており、岐阜県の味覚を楽しむことができます。また、ホテルの施設として珍しいのが、館内にボウリングセンターが併設されていることです。宿泊客や地元の方が気軽にレジャーを楽しめる場として、家族連れやグループでの利用に人気があります。こうした多機能な施設構成は、フォーラムホテルが単なる宿泊施設ではなく、地域のコミュニティ拠点としての役割も担っていることを示しています。宿泊、食事、会議、レジャーが一か所で完結する利便性の高さが、長年にわたって支持されてきた理由のひとつです。
大垣フォーラムホテルの「フォーラム」は、古代ローマの公共広場「フォルム(Forum)」に由来する言葉です。人々が集まり、議論し、交流する場を意味しており、ホテルが地域の集会や交流の拠点として機能することへの願いが込められています。
なぜ大垣は「水の都」と呼ばれるのか
全国有数の自噴帯に位置する大垣市
大垣市が「水の都(水都)」と呼ばれる最大の理由は、市内に豊富な地下水が存在し、至る所で水が自然に湧き出していることにあります。大垣は全国でも有数の自噴帯に位置しており、かつては多くの家庭に自噴井戸がありました。自噴井戸とは、ポンプで水を汲み上げなくても、地下水の圧力だけで自然に水が地表に噴き出してくる井戸のことです。各家庭では24時間清冽な水が流れ続け、「水舟」と呼ばれる石造りの水槽に溜めて、夏にはスイカを冷やしたり、洗い物に使ったりしていました。現在でも市内各所に自噴井戸が残されており、市民の憩いの場として親しまれています。大垣フォーラムホテルの敷地内にも自噴水が設けられているのは、こうした水都の伝統を受け継いだものです。
大垣の地下水が豊富な地理的理由
大垣市に地下水が豊富に存在する理由は、この土地の地理的条件にあります。大垣は濃尾平野の西北端に位置し、西と北は伊吹山をはじめとする山塊に囲まれています。北からは揖斐川の水が、東からは木曽川や長良川の伏流水が流れ込み、それらが大垣の地下に溜まる構造になっているのです。特に注目すべきは、大垣の地下水の約90パーセントが木曽川の伏流水であるとされている点です。木曽川の水は岐阜県の山間部で濾過された良質な水であり、それが地下を通って大垣の地下水脈を形成しています。この地質構造により、大垣では地下水位が高く、浅い井戸でも水が自然に湧き出す被圧地下水の状態が生まれているのです。
水舟文化と大垣の暮らし
大垣の水文化を象徴するのが、「水舟(みずぶね)」です。水舟とは、自噴井戸から湧き出る水を溜めるための石造りの水槽で、二段構造になっているのが一般的です。上段にはきれいな湧水が溜まり、飲料水として利用されます。上段からあふれた水は下段に流れ、野菜を洗うなどの生活用水として使われてきました。この合理的なシステムは、大垣の先人たちが水の恵みを無駄なく活用するために考案したものであり、生活の知恵が凝縮されています。かつては大垣の各家庭にこうした水舟があり、街中を水路が縦横に流れていました。現在は水道の普及により日常的に使われることは少なくなりましたが、観光スポットとして復元・保存された水舟を見学することができます。
全国水の郷百選に選ばれた水都大垣
大垣市は、国土交通省が選定する「全国水の郷百選」にも選ばれています。この選定は、水を活かしたまちづくりに優れた取り組みを行っている自治体を表彰するもので、大垣市の水文化の保全と活用が高く評価されたことを示しています。大垣市では、湧水スポットを巡る「湧き水めぐり」の散策ルートが整備されており、観光客が水の都の風情を楽しみながら街歩きができるようになっています。市内には多数の湧水ポイントがマッピングされた「わくわく湧き水マップ」も公開されており、水都大垣の魅力を体系的に発信する取り組みが進められています。大垣フォーラムホテルに宿泊し、翌日に湧き水めぐりを楽しむというプランも、大垣観光のおすすめの楽しみ方です。
💡 ポイント
大垣市の自噴水は、地下約15〜30メートルの帯水層から湧き出しています。水温は年間を通じて約14〜15度と安定しており、夏は冷たく、冬は温かく感じられます。この安定した水温も、大垣の水が古くから生活用水として重宝された理由のひとつです。
建築家・黒川紀章の設計思想とフォーラムホテル
メタボリズム運動と黒川紀章の建築哲学
大垣フォーラムホテルを設計した黒川紀章は、1960年代に日本で生まれた建築運動「メタボリズム」の中心的な人物でした。メタボリズムとは、生物の新陳代謝(メタボリズム)になぞらえて、建築や都市は固定されたものではなく、有機的に変化・成長していくべきだという考え方です。黒川紀章は「共生の思想」を掲げ、自然と人工、伝統と最新技術、異なる文化同士が共存する建築を目指しました。大垣フォーラムホテルの設計にも、この共生の思想が反映されています。水都大垣の自然環境とホテルの建築空間を融合させ、自然の要素(水)を建築の中に取り込むことで、その土地の風土と一体化した建築を実現しているのです。
水をテーマにした建築デザインの独自性
大垣フォーラムホテルのデザインにおいて、水は単なる装飾ではなく、建築コンセプトの中核をなす要素です。玄関前の小川、ロビーの滝、敷地内の自噴水は、いずれも大垣の水文化を建築空間の中で表現したものです。建築と水の関係は古今東西さまざまな作品で見られますが、大垣フォーラムホテルのようにその土地の自然資源(地下水)を直接活用した水の演出は珍しいものです。敷地内の自噴水は、大垣の地下から実際に湧き出す水をそのまま利用しており、人工的に水を循環させるのとは異なる本物の水の恵みが感じられます。こうした「土地の記憶」を建築に刻み込む手法は、黒川紀章の設計哲学の真髄と言えるでしょう。
黒川紀章の代表作と大垣フォーラムホテルの位置づけ
黒川紀章の建築作品は、日本国内だけでなく世界各地に存在します。代表作としては、東京の国立新美術館(2007年開館)、中銀カプセルタワービル(1972年竣工、2022年解体)、愛知県の豊田スタジアム、マレーシアのクアラルンプール国際空港、カザフスタンのアスタナ国際空港などが挙げられます。これらの大規模公共施設と比較すると、大垣フォーラムホテルは規模こそ小さいものの、黒川紀章が地方都市のアイデンティティを建築で表現した作品として独自の価値を持っています。世界的な建築家が地方のホテルを手がけたこと自体が珍しく、建築巡りを楽しむ旅行者にとっても訪れる価値のある施設です。
1987年開業当時の時代背景
大垣フォーラムホテルが開業した1987年(昭和62年)は、日本がバブル経済の入り口に差し掛かっていた時代です。地方都市においても大規模な開発事業やリゾート計画が次々と立ち上がり、建築やデザインへの投資が活発化していました。大垣市は古くから交通の要衝として栄え、繊維産業や機械産業を中心に経済発展を遂げてきたまちです。こうした経済的基盤を背景に、黒川紀章という世界的な建築家を起用した本格的なシティーホテルの建設が実現しました。バブル期に建てられた建築の多くは、その後の経済低迷期に取り壊されたり改修されたりしましたが、大垣フォーラムホテルは開業から約40年にわたって営業を続けており、時代の変化に対応しながら存続している点が注目されます。
📜 歴史メモ
黒川紀章(1934-2007)は名古屋市出身の建築家で、東京大学で丹下健三に師事しました。メタボリズムグループの一員として活動し、「共生の思想」を提唱。建築だけでなく都市計画や思想家としても活躍し、2007年には東京都知事選にも立候補しました。同年10月に73歳で逝去しています。
大垣フォーラムホテルの施設と過ごし方
客室の種類と快適性
大垣フォーラムホテルの客室は、シングル、ツイン、ダブル、スイートなど複数のタイプが用意されており、ビジネスでの利用から家族旅行まで、さまざまなシーンに対応しています。客室はゆったりとした広さが確保されており、都市部のビジネスホテルと比べると開放感のある空間が特徴です。窓からは大垣の街並みや濃尾平野の風景を眺められる部屋もあり、地方シティーホテルならではの落ち着いた滞在が楽しめます。ビジネス利用の場合、17の会議室との連携が取りやすい点も大きなメリットです。会議や研修の後にそのまま宿泊できるため、出張者にとっては非常に効率的な拠点となっています。長期滞在にも対応しており、連泊プランを用意しているのも特徴です。
和食・洋食・中華の多彩なレストラン
大垣フォーラムホテルの館内には、和食、洋食、中華の各レストランが揃っており、宿泊客の食の好みに幅広く対応しています。和食レストランでは、地元岐阜県の食材を活かした季節の会席料理や定食が楽しめます。大垣市は古くから水の豊かさを活かした農業が盛んであり、地元産の米や野菜は品質が高いと評判です。洋食レストランでは、本格的なフレンチやイタリアンベースの料理が提供され、特にランチタイムは地元の方にも人気があります。中華レストランでは、広東料理を中心とした多彩なメニューが揃い、宴会料理としても利用されています。三つのジャンルのレストランが一つのホテルに揃っているのは、シティーホテルならではの贅沢です。
宴会場と会議室の充実度
大垣フォーラムホテルが西濃地区随一のシティーホテルと評される理由のひとつが、宴会場と会議室の充実度です。大・中・小合わせて17室の宴会場・会議室があり、結婚披露宴、企業の新年会、学会、研修会、地域の式典など、あらゆる規模のイベントに対応可能です。最大規模の宴会場は数百人を収容できるスペースを持ち、ステージや音響設備も完備されています。同時通訳装置が設置されている部屋もあり、国際的なカンファレンスにも対応できる設備を誇ります。大垣市や西濃地区の経済・文化活動の中心地として、フォーラムホテルの宴会場は地域に欠かせない社会インフラとしての役割を果たしてきました。
ボウリングセンターと併設施設の魅力
大垣フォーラムホテルのユニークな特徴のひとつが、館内にボウリングセンターが併設されていることです。ホテルにボウリング場があるのは全国的にも珍しく、宿泊客はもちろん地元の方にも気軽にレジャーを楽しめる場として親しまれています。ボウリングは年齢を問わず楽しめるスポーツであり、家族連れや企業のレクリエーション利用に最適です。宿泊後の余暇時間や、宴会後のアクティビティとしてボウリングを楽しむという使い方もでき、ホテルでの滞在に付加価値を加えています。こうしたレジャー施設の併設は、フォーラムホテルが宿泊だけでなく、地域の総合的な交流拠点として設計されたことの表れです。
| 施設 | 特徴 |
|---|---|
| 客室 | シングル〜スイートまで多彩なタイプ |
| レストラン | 和食・洋食・中華の3ジャンル |
| 宴会場・会議室 | 大小17室、同時通訳装置完備 |
| ボウリングセンター | 館内併設、宿泊客・地元利用可 |
| 駐車場 | 無料平面駐車場350台収容 |
大垣市の歴史と文化的背景
松尾芭蕉「奥の細道」むすびの地
大垣市は、俳人松尾芭蕉の紀行文『奥の細道』のむすびの地として全国的に知られています。芭蕉は元禄2年(1689年)、江戸を出発して東北・北陸を旅した後、最終目的地として大垣を訪れ、この地で旅を締めくくりました。大垣市内には「奥の細道むすびの地記念館」が設けられており、芭蕉の旅の足跡や俳句の世界を学ぶことができます。また、市内を流れる水門川沿いには芭蕉ゆかりの碑や句碑が点在しており、文学散策のルートとしても整備されています。芭蕉が大垣を旅の終着地に選んだ理由のひとつには、大垣に住む弟子や知人の存在があったとされ、当時から文化人が集う文化的に豊かなまちであったことがうかがえます。
関ヶ原の戦いと大垣の戦略的位置
大垣市は、日本の歴史を大きく動かした「関ヶ原の戦い」(慶長5年・1600年)にゆかりの深い土地です。西軍の大将石田三成は、当初大垣城に本陣を置いて東軍を迎え撃つ構えでした。大垣は東西の交通の要衝に位置しており、中山道と美濃路が交わる戦略的に重要な拠点だったのです。最終的に戦場は関ヶ原に移りましたが、大垣城は石田三成の拠点として重要な役割を果たしました。現在の大垣城は再建されたものですが、市のシンボルとして親しまれており、城内は歴史資料館として関ヶ原の戦いに関する展示が行われています。大垣フォーラムホテルから大垣城までは車で10分ほどの距離にあり、歴史探訪と組み合わせた観光プランが人気です。
大垣の産業と経済の発展
大垣市は、水の恵みを活かした産業が古くから盛んなまちです。豊富な地下水は繊維産業の発展に欠かせない資源であり、明治時代から大正時代にかけて大垣は繊維のまちとして栄えました。戦後は電子機器産業やソフトウェア産業へと産業構造が転換し、「IT都市大垣」としての顔も持つようになりました。特に情報科学分野では、情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が大垣に立地しており、メディアアートやデジタル技術の研究・教育の拠点となっています。こうした産業の多様性が、大垣フォーラムホテルのような国際会議にも対応できる本格的なシティーホテルの需要を生み出してきたと言えるでしょう。
交通の要衝としての大垣の地理的優位性
大垣市は、岐阜県の西部に位置し、古くから交通の要衝として栄えてきました。JR東海道本線の大垣駅は、名古屋と米原(滋賀県)を結ぶ区間の重要な中間駅であり、東海道新幹線の岐阜羽島駅へのアクセスも良好です。「ムーンライトながら」(東京〜大垣間の夜行快速列車、現在は廃止)の終着駅としても鉄道ファンに知られていました。また、名神高速道路の大垣インターチェンジや、国道21号線、国道258号線などの幹線道路が通っており、車でのアクセスも便利です。こうした交通の利便性の高さが、大垣フォーラムホテルがビジネスの拠点として選ばれる理由のひとつとなっています。名古屋圏からの日帰り圏内にありながら、都市部の喧騒から離れた落ち着いた環境で滞在できるのが大垣の魅力です。
大垣フォーラムホテルを拠点とした観光プラン
大垣城と城下町散策
大垣フォーラムホテルに宿泊したら、まず訪れたいのが大垣城です。大垣城は関ヶ原の戦いで石田三成の本陣が置かれた城として知られ、現在の天守閣は昭和34年(1959年)に再建されたものです。城内は歴史資料館となっており、関ヶ原の戦いに関する展示や大垣の歴史を学ぶことができます。大垣城の周辺には城下町の面影を残す通りがあり、老舗の和菓子店や昔ながらの商店街を散策するのも楽しい時間です。大垣市は「水まんじゅう」が名物として知られており、透明感のある涼しげな和菓子は特に夏場に人気です。この水まんじゅうも、大垣の良質な地下水があってこそ作れる逸品であり、水都ならではの味覚と言えるでしょう。
水門川舟下りと湧き水めぐり
大垣観光のハイライトのひとつが、「水の都おおがき舟下り」です。大垣城の堀から続く水門川を小舟で下るこの体験は、水都大垣の風情を水上から楽しめる人気のアクティビティです。舟下りのルートは、奥の細道むすびの地付近を通るため、松尾芭蕉の旅の余韻を感じながら川面を漂う贅沢な時間を過ごせます。また、市内に点在する湧き水スポットを巡る「湧き水めぐり」もおすすめです。大垣市が公開している「わくわく湧き水マップ」を片手に、自噴井戸や水舟を訪ね歩くことで、水都の歴史と文化を肌で感じることができます。フォーラムホテルの敷地内にある自噴水も、湧き水めぐりの出発点としてぜひ確認しておきたいポイントです。
養老の滝と養老公園への日帰りプラン
大垣フォーラムホテルから車で約30分の場所には、日本の滝百選に選ばれている「養老の滝」があります。養老の滝は、高さ約30メートル、幅約4メートルの優美な滝で、孝行息子の伝説で知られています。親孝行な息子が滝の水を汲むと、水が酒に変わったという伝説が残されており、奈良時代に元正天皇がこの話を聞いて元号を「養老」に改めたとされています。養老公園内には滝のほかに、養老天命反転地という現代アートの体験型施設もあり、荒川修作とマドリン・ギンズが手がけた独特の空間を楽しめます。大垣フォーラムホテルを拠点に、水都の散策と養老の自然を組み合わせた一泊二日の旅が充実した岐阜西部観光のプランです。
関ヶ原古戦場と歴史探訪
歴史好きの方には、大垣フォーラムホテルから車で約30分の「関ヶ原古戦場」への日帰りプランがおすすめです。関ヶ原の戦いは、慶長5年(1600年)9月15日に東軍(徳川家康)と西軍(石田三成)が激突した天下分け目の合戦であり、その舞台となった関ヶ原には現在も多くの陣跡や史跡が残されています。関ヶ原古戦場記念館では最新の映像技術を駆使した展示が行われており、戦いの全体像を臨場感たっぷりに学ぶことができます。大垣城が西軍の拠点であったことから、大垣と関ヶ原は歴史的に密接な関係にあります。大垣城と関ヶ原古戦場を合わせて巡ることで、関ヶ原の戦いの全容がより深く理解できるでしょう。
🔵 水都大垣コース
大垣城→湧き水めぐり→水門川舟下り→水まんじゅう
🟤 歴史探訪コース
大垣城→関ヶ原古戦場→陣跡めぐり→記念館
大垣フォーラムホテルを訪れる際の実用情報
アクセス方法と交通の便
大垣フォーラムホテルへのアクセスは、車と鉄道の両方が利用可能です。車の場合、名神高速道路の大垣インターチェンジから約10分で到着します。名古屋方面からは名神高速道路または国道21号線を利用して約40分、岐阜市内からは約30分の距離です。350台収容の無料平面駐車場があるため、車での利用は非常に便利です。鉄道の場合は、JR東海道本線の大垣駅が最寄り駅となります。大垣駅から名古屋駅までは快速で約30分と近く、名古屋圏からの日帰り利用も十分可能です。東海道新幹線の岐阜羽島駅からもタクシーで約20分の距離にあり、遠方からのアクセスも良好です。
ビジネス利用のメリットと利便性
大垣フォーラムホテルは、ビジネス利用において多くのメリットを持っています。まず、17室の会議室と宴会場は、企業の研修、セミナー、展示会、懇親会など、さまざまなビジネスイベントに対応可能です。宿泊と会議を一か所で完結できるため、移動時間や手間を大幅に削減できます。また、名古屋圏に近接しながらも大垣の落ち着いた環境で研修を行えるため、集中力を高めたい合宿型の研修にも適しています。350台の無料駐車場は、参加者が車で集まるイベントにも対応でき、地方都市ならではの利便性を発揮します。ホテルのスタッフによるイベント運営のサポートも手厚く、大規模なイベントでも安心して任せられる体制が整っています。
観光利用のおすすめポイント
大垣フォーラムホテルは、ビジネスだけでなく観光の拠点としても優れた立地を持っています。大垣市内の観光スポット(大垣城、奥の細道むすびの地、水門川、湧き水スポット)へのアクセスが良好であることに加え、養老の滝や関ヶ原古戦場など周辺の観光名所への日帰り圏内にあることが大きなメリットです。ホテルのフロントでは周辺の観光情報を提供しており、効率的な観光プランの相談も可能です。特に、ホテルの敷地内にある自噴水を見てから湧き水めぐりに出発するという水都大垣の体験は、このホテルに泊まるからこそ楽しめるプランと言えるでしょう。和食レストランでの夕食を楽しんだ後、翌朝は早起きして大垣の朝の静かな街並みを散策するのもおすすめです。
大垣の名物グルメと周辺の食事処
大垣に宿泊するなら、地元の名物グルメもぜひ味わいたいものです。大垣を代表する和菓子が「水まんじゅう」で、良質な地下水を使って作られた透明感のある生地の中にこしあんが包まれた涼しげな逸品です。特に夏場は各和菓子店の店先に水槽が設けられ、冷たい地下水に浸された水まんじゅうが並ぶ光景は大垣の夏の風物詩となっています。また、大垣は「枡」の生産量日本一のまちとしても知られており、枡に入ったスイーツやお酒を楽しめるスポットもあります。ホテル内のレストランで岐阜の味覚を堪能するもよし、街に出て地元の名店を訪ねるもよし。水都大垣ならではの食の楽しみが待っています。
まとめ
大垣フォーラムホテルの魅力を振り返る
大垣フォーラムホテルは、世界的な建築家・黒川紀章の設計による水都大垣を象徴するシティーホテルです。水の演出が施された館内空間、充実した会議施設、多彩なレストラン、そして大垣観光の拠点としての利便性が、長年にわたって多くの人に選ばれてきた理由です。
📌 この記事のポイント
✓ 大垣フォーラムホテルは1987年開業、建築家・黒川紀章が設計した西濃地区随一のシティーホテル
✓ 玄関前の小川、ロビーの滝、敷地内の自噴水など「水都」を体現した水の演出が特徴的
✓ 大垣市は全国有数の自噴帯に位置し、地下水の約90%が木曽川の伏流水である
✓ 17の宴会場・会議室と同時通訳装置を備え、国際会議場としても機能している
✓ 大垣は松尾芭蕉『奥の細道』むすびの地であり、関ヶ原の戦いにもゆかりが深い歴史のまち
✓ 水まんじゅうや枡スイーツなど、水都ならではの名物グルメが楽しめる
✓ 養老の滝や関ヶ原古戦場など周辺の観光スポットへの拠点としても最適な立地
大垣フォーラムホテルは、建築、水文化、歴史、グルメと、大垣の魅力を多角的に体感できる拠点です。黒川紀章が水都のアイデンティティを建築に刻み込んだこのホテルに泊まることは、単なる宿泊を超えた文化体験と言えるでしょう。岐阜県西部を旅する際には、ぜひ大垣フォーラムホテルを拠点に、水の都の奥深い魅力を堪能してみてください。

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